お笑い

お笑い芸人の差別発言が続く理由。Aマッソが黒人差別で炎上。

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お笑いコンビ、Aマッソがイベントの中で、テニス選手・大坂なおみに必要なものは「漂白剤を」と発言したことで起こった騒動は、ネットの炎上だけにとどまらなかった。イギリスの大手メディアBBCも報じたことから、海外にも広く伝わりました。

吉本興業所属のコンビ「金属バット」による黒人が触ったもの座れるか!というネタ中の発言にも、批判や疑問の声が寄せられています。

ダウンタウンの浜田雅功さんが番組で顔を黒く塗り(本人の意思ではないですが)海外で黒人差別と炎上したこともありました。

どうしてこうもお笑い界に差別問題が付きまとうのでしょうか。

お笑いと差別は紙一重

「いじめといじりの境界線はどこか?」のような答えのない議論が典型例ですが、お笑いというものはもともと差別と切り離すことが出来ません。

お笑いのよい使い方として

例えば、かつらをつけているのがなんとなくみんな分かっている人がいるとしますが、誰も失礼にあたるので触れず、本人もバレているのは分かっているという状況。

かつらについて、触れて周囲も本人も笑わせることができると、みんなが救われますね。

しかし、言葉や状況を読み間違えると傷つけてしまいます。

LGBTや人種問題も「触れづらい話題」を笑いに変えることで、心の中にある壁を壊す力が「笑い」にはあります。

ツービートが女性の「ブス」をテーマにたネタ中に客席を指さして「あんた笑えるか?」とギャグにして爆笑をとっていたという話は伝説的に語られていますが、ひどい発言です。

しかし、当時のビートたけしのカリスマ性や説得力も含めてギリギリを攻めたネタで、そのギリギリを見極められる能力が才能。

今回、問題になった芸人は、時代の流れや社会的な倫理と笑いとの境界を見誤ったわけですね。

一方で、差別的発言になりかねない話題について、触れることが出来ない社会も息苦しい。

お笑い芸人の方には、みんながなんとなく思っていても言えない息苦しさを笑いに変えるチャレンジをどんどんしてほしいですし、行き過ぎた発言があれば、批判されればよいと思います。

そういったことを繰り返す結果、冗談と差別との境界線が出来ていくのではないでしょうか。

というわけで

お笑い芸人が刺激的なネタをやることは、ポジティブなことだと思います

お笑い芸人の差別発言が増えた理由

アメリカのお笑いには、社会問題を扱ったブラックジョークがあるが、日本にはない。

これが日本のお笑いを批判するときのよくあるロジックです。

これは、アメリカのメディアが多チャンネルで、アメリカ自体が多民族国家であることに対して

日本は、民法数局を国民全員が見ていて、単一民族国家に近い。

つまり、アメリカでは差別が日常的に存在するし、多チャンネルなので目立たなければいけないので、ブラックジョークが武器になる。

日本では、テレビに出ることが目立つことが目立つことにつながり、テレビでは老若男女を楽しませる笑いが求められます。

結果的に、「タブーに踏み込みという意味でアメリカのお笑いは進んでいる」といわれるわけですね。

こういった、趣旨の発言は、脳科学者の茂木健一郎さんが行い、ダウンタウンの松本人志さんの番組に呼ばれて公開処刑のような形で断罪されていました。

しかし、現在の若手芸人にとってはテレビに出ることが売れるためのすべてではなく、ネットで刺激的なネタを行い注目を集めるという売れ方を模索する人が増えていきています。

Aマッソと金属バットはどちらもネットで注目を集めたタイプの若手芸人ですね。

彼らは、より過激なネタが求められてしまい、行き過ぎてしまったんでしょう。

このように老若男女が見るテレビ的お笑いのカウンターとしてネット発の炎上上等のお笑いが台頭してきました。

結果として、アメリカ的なブラックジョークを勘違いしたような、問題発言が増えているんだと思います。

個人的には日本のお笑いのレベルが低いとは思いませんが、社会のタブーに切り込んで笑いに変えるという手法には、まだ慣れていないようですね。

政治ネタに切り込むウーマンラッシュアワーさんの漫才もそうですが、全員を笑わせるネタよりも賛否両論あるネタの方が話題性が高いので、今後もお笑い芸人のネタの過激化は避けられないですし、差別発言も増えていくと思います。

日本のお笑い界は差別問題にどう向き合うか

落語家の立川談志さんは「落語とは業の肯定」である。と定義しました。

あるがまま、眠たくなったら寝て、呑みたくなったら酒を呑む、時によっては、「これだけはしてはいけない」ということをやってしまうという”人間の業”をも肯定するのが落語 立川談志

あるがままを受け入れるというのが禅の教えであり、これは「日本的」なお笑いの解釈だと思います。

誰しもがある側面では多数派であり、ある側面では少数派であり、コンプレックスも持っていますが、笑いに変えてあるがままを受け入れる。

という日本的なお笑いで、差別問題を乗り越えて欲しいですし、海外でも参考になるような文化になってほしいですね。

お笑いの歴史は日本は長いですから、アメリカのブラックジョークの劣化版のような笑いは正直、残念です。

ただし、才能がある人が評価される時代が来たと思うので、今後のお笑いを考えていくうえで良いきっかけにしてほしいですね。

ネットの声

Aマッソにしろ金属バットにしろ差別をネタにするにはテクニックが足りなかったって事だと思うな。過激っぽくみえるし差別とかを意識せず使っちゃったって事じゃないかな〜差別ネタを扱うにはやっぱり考え過ぎるくらい考えたスナイパー的な作りじゃないと…

時間あったからYouTubeに転がってるAマッソのネタを片っ端から見てたけど、やっぱ面白いよな。
いや、転がってるネタ数自体あんまないんだけどさ。
DVD買うしかないんかな。
まあ、Aマッソなら買ってもええか。

きのうネタを見て、おもしろくてほんとうによかった。これでつまらなかったらどうしようかと思った。大好きなAマッソの世界だった。一件で、絶望して幻滅してつらかったけれど、そのことは「イコールAマッソおもろない」ではない。Aマッソはおもしろいんだ。それは事実であり真実。

 

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